前回の#002では、2024年3月20日に斎藤元彦知事が告発文書の存在と内容を初めて把握したところまで確認しました。
その翌日――
2024年3月21日。
斎藤知事は片山元副知事ら県幹部と文書について協議し、調査・対応を指示します。
では、この日、県はまず何を調べ始めたのでしょうか。
文書に書かれた疑惑の真偽でしょうか。
それとも、「誰がこの文書を書いたのか」だったのでしょうか。
今回は、3月21日に確認できる事実と、その後に百条委員会や第三者委員会が示した評価を分けて整理します。
1.3月21日、知事が調査・対応を指示
斎藤知事は2024年8月7日の記者会見で、3月21日の対応について説明しています。
前日に文書を把握した知事は、片山元副知事ら幹部職員と情報を共有し、
「しっかりと調査、対応するように」
指示したとしています。
知事の説明では、文書には県職員の実名だけでなく、企業や団体の名称なども多数記載されていました。
知事は、文書を放置すれば多方面に著しい不利益が及ぶ可能性があると考え、調査を指示したと説明しています。
ここまでは、
「文書を把握した知事が、翌日に調査・対応を指示した」
という事実として確認できます。
ただし、
「調査するよう指示したこと」
と
「どのような調査方法を採ることが適切だったか」
は別問題です。
前者は、「調査を始めるという判断」の話です。
後者は、「誰が、何を、どの方法で調べるのが適切だったか」という、調査手法や調査体制の話です。
後者については、このあと重要な争点になります。
2.誰が文書を作ったのか――元県民局長の名前が挙がる
3月21日の協議では、当時の西播磨県民局長が文書作成に関わった可能性が高いのではないか、という意見が出ました。
では、なぜ元県民局長が疑われたのでしょうか。
斎藤知事は後の会見で、幹部職員から主に2つの理由を説明されたとしています。
一つ目は、元県民局長が同年2月の「県民局長メッセージ」で、県政のあり方に疑問を示す内容を書いていたこと。
二つ目は、告発文書に、県の人事に詳しい人物でなければ書きにくいと考えられる内容が含まれていたことです。
これらから県幹部は、
「元県民局長が作成に関わった可能性が高いのではないか」
と推測しました。
ここで大事なのは、この時点ではまだ「元県民局長が作成者だ」と確認されていたわけではないという点です。
3月21日時点にあったのは、
作成者である可能性についての推測
でした。
3.「推測」と「確認された事実」は分ける
この違いは、シリーズ全体を読む上でも重要です。
たとえば、
Aさんしか知らなそうな情報が書かれている
↓
Aさんが書いたのではないか
という推測には、ある程度の理由があるかもしれません。
しかし、
Aさんが実際に作成した
と確認するには、別の証拠が必要です。
3月21日の時点では、元県民局長について「作成に関わった可能性がある」と考えられていた段階でした。
その後、公用メールなどの調査によって、新しい情報が得られていきます。
したがって、
「3月21日の推測」
と
「3月22日以降の調査で得られた事実」
を混ぜないようにする必要があります。
前者は、当時の状況から「元県民局長が作成者かもしれない」と考えた段階です。
後者は、公用メールなどを実際に調べて得られた情報です。
4.最初の具体的な調査――公用メールの確認
同じ3月21日、県側は具体的な調査に着手します。
斎藤知事の説明によれば、当時の総務部長が人事課に対して、元県民局長の公用メールを調査するよう指示しました。
知事自身も後の会見で、
「人事課としての内部調査のスタートは21日」
という認識を示しています。
つまり、この日の流れは、
① 知事が調査・対応を指示
↓
② 元県民局長が作成に関わった可能性があるという意見が出る
↓
③ 元県民局長の公用メール調査が始まる
と整理できます。

5.最初の矢印は「疑惑の真偽」より「作成者」へ向いた
ここは#003の重要なポイントです。
3月12日の文書には、斎藤知事や県幹部などに関する複数の疑惑が記載されていました。
しかし3月21日に具体的に始まった調査として確認できるのは、まず元県民局長の公用メールの確認です。
つまり、初動段階で具体的な調査の矢印が向けられた対象の一つは、
「文書に書かれた疑惑は本当なのか」
ではなく、
「誰がこの文書を書いたのか」
でした。
もちろん、これだけで
「県は文書内容を全く調べなかった」
とまで断定することはできません。
この時点で確認したいのは、より限定的な事実です。
3月21日に開始された具体的な内部調査として、公用メールを使った作成者側の確認が行われた。
まずはここまでです。
6.3月23日、調査によって新しい情報が得られる
公用メールを確認した結果、県側は、問題の文書の骨子とみられる内容を発見したとしています。
斎藤知事は、この結果が3月23日に自身へ報告されたと説明しています。
知事の説明によると、元県民局長の私用アドレスから公用メールアドレスへ、文書の骨子とみられる内容が送られていたとされています。
ここで初めて、
3月21日にあった「元県民局長が関与しているのではないか」という推測
に対して、調査による情報が加わってきます。
このあと3月25日には本人への事情聴取へ進みます。
したがって、
3月21日=推測を基に調査開始
3月23日=公用メール調査から新しい情報を取得
と分けると、時系列が分かりやすくなります。
7.ここからは「後の委員会による評価」
ここまで書いてきたのは、主に3月21日前後に起きた出来事です。
ここからは、それとは別に、後から行われた調査でこの初動対応がどのように評価されたのかを確認します。
この区別は重要です。
「3月21日に何が起きたか」
と
「後から、その対応が適切だったと評価されたか」
は同じではありません。
前者は、当日に何が行われたのかという事実関係です。
後者は、その事実関係を踏まえて、百条委員会や第三者委員会が後から示した評価です。
8.百条委員会は、調査体制にも問題があったと評価
兵庫県議会の文書問題調査特別委員会、いわゆる百条委員会は、後に県の初動対応を検証しました。
百条委員会は、知事や県幹部自身が告発文書の対象になっていたことなどを踏まえ、調査の独立性を確保するため、県以外の第三者へ調査を委ねるべきだったと評価しています。
その理由は、調査の客観性・公平性・信頼性を確保するためです。
ここでいう利益相反とは、簡単にいえば、
「調査する側自身が、その問題の当事者でもある状態」
です。
たとえば、自分について書かれた疑惑を、自分の指揮下にある組織だけで調べれば、
本当に公平に調べられるのか
という疑問が生じます。
百条委員会は、こうした点から、県の初動調査の独立性に問題があったと評価しました。
ただし、これは後の百条委員会による評価です。
3月21日の出来事そのものと混同しないようにします。
9.第三者委員会は「作成者探索」をさらに厳しく評価
さらに、県が設置した文書問題に関する第三者調査委員会も、後にこの問題を検討しました。
第三者委員会は、3月12日の文書外部送付について、公益通報者保護法上の外部公益通報、いわゆる3号通報に該当すると評価しました。
その上で、3月21日以降に行われた作成者を特定するための調査について、公益通報者保護法と、その委任を受けた指針に照らして検討しています。
第三者委員会は、斎藤知事が「文書による影響の拡大を防ぐ必要があった」などと説明した理由についても検討した上で、指針上の例外となる「やむを得ない場合」には当たらないと判断しました。
そして、知事の指示に基づいて行われた通報者探索について、
公益通報者保護法及び指針に違反し、違法である
と評価しています。
ここは表現に注意が必要です。
SFC-Labが独自に
「違法だった」
と確定しているのではありません。
正確には、
「第三者委員会が、そのように法的評価をした」
ということです。
この法的評価については異なる見解もあり得るため、本シリーズでは判断主体を明示して扱います。
10.では、3月21日時点で何を確認できるのか
後の評価をいったん脇に置いて、2024年3月21日そのものに戻ります。
この日に確認できるのは、次の4点です。
① 斎藤知事が県幹部と文書について協議した
前日に把握した文書について、片山元副知事らと情報共有しました。
② 知事が調査・対応を指示した
知事は「しっかりと調査、対応するように」と指示したと説明しています。
③ 元県民局長が作成に関わった可能性があると推測された
県民局長メッセージや文書内容などから、県幹部がそう推測しました。
ただし、この段階ではまだ確認済みの事実ではありませんでした。
④ 元県民局長の公用メール調査が始まった
当時の総務部長が人事課へ公用メールの確認を指示しました。
知事自身も、県の内部調査は3月21日から始まったと説明しています。
ファクティの30秒解説

11.#003の結論
2024年3月21日は、
県が告発文書について具体的な内部調査を始めた日
です。
この日、斎藤知事は県幹部らと文書について協議し、調査・対応を指示しました。
その協議の中で元県民局長が作成に関わった可能性があると推測され、同日、人事課による公用メールの確認が始まりました。
したがって、3月21日に確認できる重要なポイントは、
文書に何が書かれていたのかだけでなく、「誰が書いたのか」について具体的な調査が始まった
ということです。
一方、
その作成者探索が法的・制度的に適切だったのか
県内部の人事部門を中心とした調査体制が適切だったのか
という評価は、後に百条委員会や第三者委員会によって厳しく検討されることになります。
ここでも、
その日に起きたこと
と
後から示された評価
を分けて考える必要があります。
次に確認するのは、その公用メール調査が具体的にどのような方法で行われたのかです。
次回
【兵庫県政検証録 #004】
公用メールの調査――作成者特定の方法は適切だったのか
3月21日に始まった公用メールの調査。
県はどのような方法でメールを確認したのか。
どのようなルールに基づいていたのか。
そして、その調査方法について後の委員会は何を問題視したのでしょうか。
次回は、「誰を調べたか」から「どう調べたか」へ進みます。
参照した一次資料
兵庫県知事記者会見(2024年8月7日)
3月20日の文書把握、3月21日の県幹部との協議、元県民局長が作成者候補として挙がった理由、公用メール調査開始、3月23日の報告などについて、斎藤知事本人が時系列を説明しています。
兵庫県議会 文書問題調査特別委員会(百条委員会)調査報告書
県の初動対応、作成者特定、公用メール等の調査、調査体制の独立性などについて検証しています。百条委員会は、客観性・公平性・信頼性を確保する観点から、県以外の第三者へ調査を委ねるべきだったと評価しています。
兵庫県「文書問題に関する第三者調査委員会」調査報告書
2025年3月19日に公表。3月12日の文書について公益通報該当性を検討するとともに、その後の作成者探索など県側の対応について法的評価を示しています。
本シリーズについて
「兵庫県政検証録」では、
その日に起きたこと
その時点で当事者が知っていたこと・認識していたこと
後の調査によって確認されたこと
委員会等が後から示した評価
を可能な限り区別します。
特に、推測や当事者の認識を、後に確認された事実と同じものとして扱わないよう注意します。
また、百条委員会や第三者委員会の判断については、
「委員会がそのように認定・評価した」
という形で判断主体を明示します。
新しい一次資料の確認や訂正が必要になった場合は記事を更新し、重要な変更については「訂正・更新履歴」に記録します。
記録に光を。議論に輪郭を。

