前回の#001では、2024年3月12日に当時の西播磨県民局長が文書を作成し、マスコミや県議会関係者などへ送付したところまで確認しました。
それから8日後。
2024年3月20日。
斎藤元彦知事が、この文書の存在と内容を把握します。
ここから県側の対応が動き始めます。
この記事では、
「3月20日に、知事はどのような経路で文書を知り、その時点で何を認識していたのか」
を確認します。
そして特に、
その日に分かっていたこと
と
後の調査によって分かったこと
を混同しないよう整理します。
1.2024年3月20日――知事が文書を初めて把握する
斎藤知事は2024年8月7日の記者会見で、3月20日に初めて文書を把握した経緯を説明しています。
文書は、作成者から斎藤知事本人へ直接送られたものではありませんでした。
知事の説明によれば、外部へ送付されていた文書を入手した民間の人物から情報提供を受けたことで、3月20日に初めて文書を把握したとしています。
したがって、ここまでの時系列は次のようになります。
2024年3月12日
元西播磨県民局長が文書を作成し、マスコミ・県議会等へ送付
↓
2024年3月20日
文書を入手した民間人から斎藤知事へ情報提供
↓
斎藤知事が文書を初めて把握

ここでは、
「文書が外部へ出た日」と「知事が文書を知った日」は別
という点を押さえておきます。
2.知事は文書をどう受け止めたのか
では、文書を初めて読んだ斎藤知事は、どのように受け止めたのでしょうか。
2024年8月7日の記者会見で、知事は当時の認識について、
「事実と異なる記載が多々ある」
と説明しています。
また、文書には県職員の実名や企業・団体名なども多数記載されていたため、放置すれば多方面に著しい不利益が生じる内容だと認識した、と説明しています。
ここで確認できるのは、
「3月20日に文書を読んだ斎藤知事が、そのように認識した」
ということです。
しかし、
知事がそう認識したこと
と
文書の内容が実際に事実ではなかったことが確認されたこと
は同じではありません。
ここを分けて考える必要があります。
3.「本人なら分かること」と「調査しなければ分からないこと」
たとえば、自分について、
「○月○日にAという会議へ出席した」
と文書に書かれていたとします。
実際にはその日に別の場所にいたことを本人が確実に知っているなら、
「その記載は事実と違う」
と本人自身が判断できる場合があります。
しかし、告発文書に複数の人物や出来事について記載があれば、事情は異なります。
本人が直接経験していない事項まで、
文書を読んだだけですべて真偽を判断できるとは限りません。
関係者への聞き取りや、公文書、メール、スケジュール、その他の記録を確認して初めて分かることもあります。
そして、ここでもう一つ重要な点があります。
仮に文書の内容が100%知事本人について書かれたものだったとしても、知事本人が「事実と違う」と認識したことだけで、その後どのような調査・探索・処分を行ってよいかが決まるわけではありません。
「記載内容をどう認識したか」と、
「その文書に対して行政組織としてどのような初動対応を取ることが適切だったか」
は別の問題です。
調査の目的、対象、方法、誰が調査を行うのか、公益通報者保護制度との関係などは、それぞれ別に検討する必要があります。
この#002で知事の認識を確認しているのは、その後の初動対応を正当化するためではなく、3月20日時点で何を知り、何をまだ確認していなかったのかを整理するためです。
4.「証拠が書かれていない」と「証拠がない」は違う
斎藤知事は後の会見で、文書を読んだ際について、裏付け資料や供述が記載されていなかったという趣旨の説明もしています。
ここも注意が必要です。
「文書の中に裏付け資料が示されていない」
ことと、
「調査した結果、裏付けとなる事実が存在しないと確認された」
ことは別です。
たとえば、
「Aという出来事があった」
と書かれているものの、証拠資料が添付されていない文書があったとします。
その文書だけを見れば、
「この文書には証拠が付いていない」
とは言えます。
しかし、それだけでは、
- 本当に証拠が存在しない
- 証拠は存在するが文書に添付されていない
- 関係者への聞き取りで確認できる
- 別の公文書やメールに記録が残っている
のどれなのかまでは分かりません。
つまり、
「その場で裏付けが見えない」
ことと、
「調べても裏付けがなかった」
ことは違います。
後者を判断するには、別途調査が必要です。
3月20日は、まさにその調査が始まる前でした。
5.公益通報だったのか――この段階では結論を先取りしない
後に、この文書の外部送付が公益通報者保護法上の外部通報に当たるのかが大きな争点になります。
公益通報とは、簡単にいえば、勤務先などで一定の法令違反を知った労働者等が、法律で定められた相手へ通報する制度です。
斎藤知事は後の記者会見で、3月20日の段階では、この文書を外部公益通報として認識していなかったと説明しています。
また、当時は外部公益通報に該当するかについて、具体的な法的検討まではしていなかったという趣旨の説明もしています。
ここでも、
「知事が公益通報だと認識していなかった」
ことと、
「法律上、公益通報ではなかった」
ことは別です。
前者は当時の知事の認識。
後者は法律上の評価です。
この法的評価については、後に第三者委員会などでも検討されます。
なお、
第三者委員会とは、この問題では県とは一定の独立性を持つ外部の委員が事実関係などを調査した組織です。
また、
百条委員会とは、地方自治法100条に基づいて地方議会が設置する、強い調査権限を持つ委員会の通称です。
この2つについては、必要になる回で改めて詳しく解説します。
#002ではまだ結論を先取りしません。

6.翌3月21日、県側の調査が始まる
知事が文書を把握した翌日の3月21日、県側は具体的な対応を始めます。
斎藤知事は2024年8月7日の会見で、片山元副知事や幹部職員と情報共有を行い、文書には職員の実名や企業・団体名なども記載されていたことから、
「しっかりと調査、対応するように」
指示したと説明しています。
同日、当時の総務部長から人事課へ、元県民局長の公用メールを確認するよう指示が出されました。
調査の結果、問題の文書の骨子とみられるものが発見され、その結果が知事へ報告されたのは3月23日だったと、知事自身が説明しています。
時系列にすると、
3月20日
文書を初めて把握
↓
3月21日
県側が公用メール等の調査を開始
↓
3月23日
調査で見つかった情報が知事へ報告
となります。
この順序は、後の議論を理解する上で非常に重要です。
7.「3月20日に知っていたこと」と「後から分かったこと」を分ける
ここが今回の記事で最も重要なポイントの一つです。
後に県側は、文書の作成目的や内容の真実性、公益通報としての評価などについて、さまざまな説明を行うことになります。
しかし、その説明の際に使われる事情の中には、3月20日に知事が文書を初めて読んだ時点では、まだ県側が取得していなかった情報もあります。
知事自身の説明を時系列で並べると、このことが分かります。
3月20日
知事が文書を初めて把握。
知事は文書について、
「事実と異なる記載が多々ある」
と認識しました。
しかし、この時点では公用メール等の内部調査はまだ始まっていません。
3月21日
知事が幹部職員らと協議。
総務部長が人事課へ、公用メールの確認調査を指示します。
3月23日
公用メールの調査で、問題の文書の骨子とみられるものが発見されたとして、その情報が知事へ報告されます。
つまり、
3月21日以降の調査によって得た情報は、3月20日に文書を初めて読んだ時点では持っていなかった
ことになります。

ここで誤解してはいけないのは、
後から得た情報を検討してはいけない
という意味ではないことです。
後の調査で得られた情報は、その後の事実認定や評価を考える上で当然重要です。
問題は、
「いつ取得した情報なのか」
です。
3月20日の判断や認識を検証するときには、まず3月20日時点で実際に持っていた情報を見る必要があります。
後から得た情報だけを使って、
「だから3月20日の時点ですでにその判断ができた」
と説明するのであれば、時系列上その説明が成り立つかを確認する必要があります。
これは文書問題に限らず、過去の意思決定を検証するときの基本でもあります。
8.なぜこの区別が重要なのか
このあと問題は、
文書を作成した人物の特定
公用メール・公用パソコンの調査
元県民局長への事情聴取
人事上の対応
へと進んでいきます。
そして後に、
そもそもこの調査はどのような目的で行われたのか
公益通報者を探索することになっていなかったか
調査主体に問題はなかったのか
といった論点が生まれます。
だからこそ、
3月20日に知事が何を知っていたのか
を、後から得た情報と混ぜずに固定しておく必要があります。
9.2024年3月20日時点で確認できること
ここまでを整理します。
① 文書は知事本人へ直接送られたものではなかった
斎藤知事の説明によれば、文書を入手した民間の人物から情報提供を受けました。
② 斎藤知事は3月20日に初めて文書を把握した
これも知事自身が後の会見で説明しています。
③ 知事は文書に「事実と異なる記載が多々ある」と認識した
ただし、これはまず3月20日時点の知事本人の認識として扱う必要があります。
文書全体について本格的な調査が終わっていたという意味ではありません。
④ 県側の内部調査は翌3月21日から始まった
公用メール等の確認が開始され、その調査で得られた情報が知事に報告されるのはその後です。
⑤ 当時の認識と、その後の初動対応の適否は別問題
知事本人が一部または全部の記載について「事実と違う」と認識できたとしても、それだけで、どのような調査・探索・処分が適切だったかまで決まるわけではありません。
その点は、次回以降の出来事を確認しながら検証します。
ファクティの30秒解説

10.#002の結論
2024年3月20日について確認できるのは、
斎藤知事が文書を初めて把握し、「事実と異なる記載が多々ある」と認識した日
だったということです。
しかし、この時点では、県側による公用メール等の内部調査はまだ始まっていません。
したがって、
知事本人がその日に抱いた認識
と、
その後の調査によって得られた情報
は分けて考える必要があります。
また、本人が記載内容を事実と違うと認識したことと、その認識を受けて行政組織としてどのような対応を取ることが適切だったかも別の論点です。
そして翌日――
2024年3月21日。
知事は幹部職員らと文書について協議し、県側の調査が始まります。
ここから一連の問題は、新しい段階へ入ります。
次回
【兵庫県政検証録 #003】
調査指示――2024年3月21日、県は何を調べ始めたのか
知事が文書を把握した翌日、県は具体的な調査に動き始めます。
誰が対応を協議したのか。
何を目的として調査が始まったのか。
そして、どのような手段が用いられたのか。
次回は、県側の初動対応を確認します。
参照した一次資料
兵庫県知事記者会見(2024年8月7日)
3月12日の文書送付、3月20日の知事による把握、当時の知事の認識、3月21日の協議と調査開始、3月23日の報告などについて、斎藤知事自身が時系列を説明しています。
兵庫県知事記者会見(2024年8月7日)
兵庫県「文書問題に関する第三者調査委員会」調査報告書
2025年3月19日に公表された、文書問題に関する第三者調査委員会の調査報告書です。対象となった文書について、県公式ページでも「令和6年3月に職員が作成・配布した」文書として整理されています。
文書問題に関する第三者調査委員会 調査報告書
兵庫県議会 文書問題調査特別委員会
地方自治法100条に基づいて設置された、いわゆる百条委員会です。調査報告書、会議録、審議資料などが公開されています。
兵庫県議会 文書問題調査特別委員会
本シリーズについて
「兵庫県政検証録」では、
その日に起きたこと
当事者がその時点で知っていたこと・認識していたこと
後の調査で確認・評価されたこと
を可能な限り区別して記載します。
当事者の発言についても、
「本人がそう説明した」
という事実と、
「その説明内容自体が客観的事実として確認されている」
ことを区別します。
また、第三者委員会や百条委員会などの判断については判断主体を明示し、SFC-Lab自身の分析と混同しないよう記載します。
新たな一次資料の確認や訂正が必要になった場合は記事を更新し、重要な変更については「訂正・更新履歴」に記録します。
記録に光を。議論に輪郭を。

